園長ブログ

子どもと咲く花

保育の醍醐味は、なんといっても先生のものです。

毎日がとても新しくて、きらきらしています。その点、園長といえばお花の世話をするか、えらそうにするか…。

けれど、決まったことがない分、ゆったりとここにいて、あの子、この子に出会えます。

あいまいな存在であるからこそ出会えるあの子のすてき、この子のすてき。

きらりと光る子どもたちの姿を心に留めておきたくて、こうしてコラムを書いてみることにしました。

子どものすてきが、どうか、みなさんに届きますように。

2017.11.20

お母さん ・・・子ども

 

今年の作品展も、まっこと素晴らしかった。

これが、毎年続いている。

 

なぜか。

 

それは、単純にすべての子どもが、

そして、一年ごとのそれぞれの子どもの成長が、

命の輝きに満ちているからである。

まず、「子ども」という存在が、

まっすぐな美しさにあふれている。

 

その美しいエネルギーを阻害することなく、

全力で支えようとする保育者集団が、

「作品展」という、他者にその存在を開くことを可能にする。

 

この一週間の先生たちの頑張りは、

並大抵のものではなかった。

 

子どもの作品を素敵に見せたい。

 

ただその一心で、子どもの作品と向き合っていた。

みなさんが感じた感動の一部は、

保育者の心である。

 

さて、私がりす組に作品を見に行ったとき、

子どもたちがこぞって、作品の説明をしてくれた。

と、そこに巨大なイモムシが・・・。

まぁ、普通の500倍以上?

 

「これ、Rちゃんの。

 お母さんをオエって、言わせるがやって。」

 

なんと。

私は、このエピソードが強く印象に残っているわけだが、

それは、結局子どもの世界の中心には、

「お母さん」がいる、

ということが改めてわかったからだった。

彼女の巨大なイモムシエネルギーは、

まっすくにお母さんに向かっている。

お母さんは、これを抱き枕にできるであろう。

 

そういえば、ある月の誕生会で、

一生懸命、舞台に立って、

ものすごくきちんとして頑張った彼が、

舞台を降りて、ほっとして周りを見たら、

さっきまでまっすぐに彼を見ていてくれたお母さんが見当たらず、

いつもの憎まれ口も忘れて、

先生に抱っこされながら「ママは?ママは?」

と泣いていた。

その時も、彼が、ただただ、お母さんに認められたい思いで、

頑張っていたことがわかった。

その健気さと、なんともいえない泣き顔に胸を打たれた。

 

子どもの世界の中心にはお母さんがいる。

 

子どものすてき。