Kくんは、いろんな意味で、とても世界が狭い。
しかし、足は速い。
だから、そこんところで、自信を得てほしいと願いを持った。
その最適の機会が運動会であることは言うまでもない。
そこで、ある日、お弁当を食べに行って、
彼の隣に座り、
「Kくん。Kくんて、あやめ組で一番足が速いらしいな。」
というと、
「うん。Sくんの方が速い。」
という答えが返ってきた。
・・・。
つまり、それが彼の世界である。
彼にとって、Sくんがすごいのであり、
Sくんが全てであり、Sくんみたいになれない自分、
という敗者のアイデンティティを彼は作り上げつつあった。
「けんど、Kくん。
Kくんが頑張ったら、あやめ組が勝てるかもしれんし、
頑張らんかったら、負けるかもしれん。」
といって、「あなたは、あやめ組にとって最重要人物よ。」
と言いたかったのだが、
彼は、クラスの方向を指さしながら、
「あやめって、こっち?(それとも)こっち?」といった。
自分のクラスもわからんのか。
まずは、自分が速いを実感できるように、かけっこをした。
全部勝ったので、自分は速いということが、
改めて、わかったようだった。
そこで、次に、リレーとはなんぞや、
という話をしてもらった。
彼は、負けると嫌になって、途中で走るのをやめた。
彼にとって、「明らかに負ける」という事態は、
日頃の挫折の上塗りであり、
その塗りは厚いものなのである。
けれど、それではみんなの終わりがつかない、ということも、
なんとなくわかってきて、
次の次のときには、接戦の末負けたが、一人で走りきった。
相手は、カモシカのように軽やかな走りのYくんだったが、
最後まで頑張った。