園長ブログ

子どもと咲く花

保育の醍醐味は、なんといっても先生のものです。

毎日がとても新しくて、きらきらしています。その点、園長といえばお花の世話をするか、えらそうにするか…。

けれど、決まったことがない分、ゆったりとここにいて、あの子、この子に出会えます。

あいまいな存在であるからこそ出会えるあの子のすてき、この子のすてき。

きらりと光る子どもたちの姿を心に留めておきたくて、こうしてコラムを書いてみることにしました。

子どものすてきが、どうか、みなさんに届きますように。

2018.10.20

苦しみのなかで ①

 

Kくんは、いろんな意味で、とても世界が狭い。

しかし、足は速い。

だから、そこんところで、自信を得てほしいと願いを持った。

その最適の機会が運動会であることは言うまでもない。

 

そこで、ある日、お弁当を食べに行って、

彼の隣に座り、

「Kくん。Kくんて、あやめ組で一番足が速いらしいな。」

というと、

「うん。Sくんの方が速い。」

という答えが返ってきた。

 

・・・。

 

つまり、それが彼の世界である。

彼にとって、Sくんがすごいのであり、

Sくんが全てであり、Sくんみたいになれない自分、

という敗者のアイデンティティを彼は作り上げつつあった。

 

「けんど、Kくん。

 Kくんが頑張ったら、あやめ組が勝てるかもしれんし、

 頑張らんかったら、負けるかもしれん。」

といって、「あなたは、あやめ組にとって最重要人物よ。」

と言いたかったのだが、

彼は、クラスの方向を指さしながら、

「あやめって、こっち?(それとも)こっち?」といった。

 

自分のクラスもわからんのか。

 

まずは、自分が速いを実感できるように、かけっこをした。

全部勝ったので、自分は速いということが、

改めて、わかったようだった。

そこで、次に、リレーとはなんぞや、

という話をしてもらった。

 

彼は、負けると嫌になって、途中で走るのをやめた。

彼にとって、「明らかに負ける」という事態は、

日頃の挫折の上塗りであり、

その塗りは厚いものなのである。

 

けれど、それではみんなの終わりがつかない、ということも、

なんとなくわかってきて、

次の次のときには、接戦の末負けたが、一人で走りきった。

相手は、カモシカのように軽やかな走りのYくんだったが、

最後まで頑張った。