園長ブログ

子どもと咲く花

保育の醍醐味は、なんといっても先生のものです。

毎日がとても新しくて、きらきらしています。その点、園長といえばお花の世話をするか、えらそうにするか…。

けれど、決まったことがない分、ゆったりとここにいて、あの子、この子に出会えます。

あいまいな存在であるからこそ出会えるあの子のすてき、この子のすてき。

きらりと光る子どもたちの姿を心に留めておきたくて、こうしてコラムを書いてみることにしました。

子どものすてきが、どうか、みなさんに届きますように。

2018.10.20

苦しみのなかで ②

 

彼は、このとき、何かを得たようだった。

おそらく、終わりをつけることの気持ちよさだろう。

 

けれど、他の競技にわからなさを抱えていることもあり、

何より、負けたくないという思いも強く、

練習となると外れがちであった。

 

だが、最終日。

彼は、戻ってきて「やる」といった。

クラス内の対戦である。

 

先に彼がバトンをもらった。

後方から、相手が追い上げてくる。

外側から詰められて、彼は転んだ。

 

神様は、試練を与え続けるな、

と思った。

 

彼は座り込んだ。

 

頑張れ!

最後まで!

立てる!

やり遂げるんだ!

 

という周りの激が飛ぶ。

それは、その通りだが、

これまでの彼の心の軌跡から言うと、

それは苦痛であり、酷なことだった。

 

クラス全員が、

「Kく~ん!!」

と呼ぶ。

 

それは、今じゃない。

 

だから代わりに、

「本番で、頑張ります。

 今は、そっとしちょいちゃって。」

といった。

 

それでなんだか、みんなで、走り狂った。

なんか、いいやん。

みたいな気持ちをみんなで共有して、

ちょっと雨が降ってきても、なんだか、走りまくった。

バトンは行方がわかったり、わからなくなったりしていた。

彼もすごく楽しそうだった。

そして、ずっと私と手をつないでいた。

そして、「まみこ、一緒に走ろう。」と繰り返していた。

 

彼は、自分のところに走ってくる友だちの名前を呼んでいた。

リレーって、どんなことか、バトンをつなぐって、どんなことか、

わかり始めているのかもしれなかった。

 

二日前に、彼のあまりの所業に怒り狂った私であったが、

それから、接点を持ってなかったが、

今、このとき、手をつなげて嬉しかった。

 

それから、彼は水で遊び始め、

ホースをもって、そこらじゅうに水をかけ始めた。

ズボンを脱ぎ、パンツを脱ぎ、

その上、おしっこまでした。

 

本来がこれなら、

今の生活は辛いなぁ、

と思った。

 

私は一緒になってずぶ濡れになって、

攻撃したりされたりした。

ちなみに、彼には仲間があと2人おり、私は、大変だった。

 

なかなか、「やめる」ということが難しそうだったので、

ぱりっと気持ちが切り替わりそうな、

みちこ先生に助けを求め、

お昼ご飯へと促した。

 

彼は、「こけてもYと最後まで走る。」と言ったそうだった。

 

結局彼は、練習で、一度も勝てていない。

日常生活のなかで、

負けたくないといつも思って、負け続けている彼が、

やっぱり、負け続けている。

それも明らかな「勝敗」という場面で。

それが、運動会までに神様が与えた試練である。

 

神様は、頑張り続ければ、いつか勝てるということを、

本番で教えてくれるのだろうか、

それとも、

負け続けても、Kくんは、Kくんであり、

負けても、かけがえのないものを得ることができるのだと、

伝えてくれるのだろうか。

 

いずれにしても、「やり遂げる」ことが、大切であり、

彼は、その準備を整えた。

 

様々なドラマが展開する、運動会。

 

子どもすてき。