園長ブログ

子どもと咲く花

保育の醍醐味は、なんといっても先生のものです。

毎日がとても新しくて、きらきらしています。その点、園長といえばお花の世話をするか、えらそうにするか…。

けれど、決まったことがない分、ゆったりとここにいて、あの子、この子に出会えます。

あいまいな存在であるからこそ出会えるあの子のすてき、この子のすてき。

きらりと光る子どもたちの姿を心に留めておきたくて、こうしてコラムを書いてみることにしました。

子どものすてきが、どうか、みなさんに届きますように。

2019.09.10

子どもの体験 ・・・年少児

 

Kくんが、あるお母さんの手の平に乗っているカタツムリを、

多少強引に手にする。

 

「カタツムリがほしい。

 ぼくも。」

 

だがしかし、それはYちゃんが見つけて、

お母さんに持ってもらっている物だから、

あなたは自分で見つけなさい、

と言い、一緒に見つけに行く。

 

カタツムリマンションに到着。

「はい、どこに居ますか。」

「ここ。」

「あ、ほんまや。

 どうぞ。」

「・・・・。」

 

「どうぞ?」

「・・・・。」

 

そして、おそるおそる手を出し、

さっと引っ込める。

 

さっき、人のは奪うように取ってましたよね。

平気でしたよね。

 

「自分でとってみいや。」

「いやだ。

 まみこ先生とって。」

「いやだ。

 自分で取りなさい。」

 

おそるおそる手を出して、

つまんでひっぱるも、その弾力に負けて手を離す。

 

「さっき、人のは奪ってたじゃないの。

 自分で取りなさい。」

 

だがしかし、彼は取れなかった。

勇気を出して取ってみたが、落とした。

そして、最後には、「カタツムリ嫌い。」と言った。

 

そうして色々聞いていると、

かなり嫌いものがあることがわかった。

 

彼が人のものを割にすぐに奪ってしまう裏側には、

好奇心と恐怖心がミックスされているのかしらと、

思った次第である。

 

そういうわけで、

直に自分でかかわるという経験を後押しすることと、

 

その恐怖心を自覚しながら、

人、つまり保育者を通して安心するなかで、

新しいものに出会っていくこと、

の二つの方向性で、

彼を支えんといかんなと思った次第だった。

 

子どものすてき。