園長ブログ

子どもと咲く花

保育の醍醐味は、なんといっても先生のものです。

毎日がとても新しくて、きらきらしています。その点、園長といえばお花の世話をするか、えらそうにするか…。

けれど、決まったことがない分、ゆったりとここにいて、あの子、この子に出会えます。

あいまいな存在であるからこそ出会えるあの子のすてき、この子のすてき。

きらりと光る子どもたちの姿を心に留めておきたくて、こうしてコラムを書いてみることにしました。

子どものすてきが、どうか、みなさんに届きますように。

2019.12.10

おしまいをつけるということ ・・・年長児

 

年長さんでも、新しい試みをした。

色の創作である。

 

「牛乳は、なぜ白いのか」というYくんの疑問から始まったこの取り組み。

成分と光の関係で色ができることが分かった子どもたちは、

「色」というものに、興味を持ち始めた。

森の中で、アジサイから始まって、いろんな色を見つけ、

ひまわりを栽培して、ひまわりの中にたくさんの色を見つけて表現した。

念願のゴッホ祭りができた。

自然の色は、人工の色とは違い、ぱっきりくっきりこれが「赤」とか、

これは「黄色」というものは少なく、

たおやかで、淡いグラデーションを持っていた。

子どもたちは、色に出会う過程で、さまざまな色の名前に興味をもち、

自分たちで決めた生活グループ名も、

「マジェンタ」グループとか、「アゴット」グループなど、

プロめいた名前になった。

 

森での活動と並行して、

園では、色づくりをひたすら楽しんだ。

絵具は透明水彩を使って、美しい色を作り出した。

その過程で、「茶色」は失敗作であり、

強い色は、「青」と「黒」であるということを学んでいた。

 

スポイトを手馴れた雰囲気で使う姿は、

すでに科学者のような子どもたちである。

 

この学びをどんなふうに、協同的学びにつなげていくのか、

ということが、午後の職員室での大きな話題であった。

キーワードは、再現すること、分類すること、

そして配列することである。

そこで、あるテーマを持ち、そのテーマに従って色を作り出し、

並べる、ということを活動の内容として取り組んだ。

 

結果は大変に面白いものであった。

ドラゴンをテーマに選んだグループは、

えらくきれいでファンシーな色ばかりが並んだのを見て、

「こんなのドラゴンじゃない!」と地団太を踏み、

少し濁った色でドラゴンらしい強さを表現した。

失敗と認識していた濁った茶色の結果が、ここでは、役に立ったのである。

(ちなみに、その意味での曲者はオレンジらしい。

どんなものも、あっという間に濁った色に変えてしまう力を持つ)

 

また、深海グループは、浅い海の光が透き通る透明度の高い美しい青と、

海の底のダークな青を見事に表現した。

そして、中間の色がないねというダメ出しに、

やる気を失くすギリギリで頑張った。

 

宇宙をテーマにしたグループは、

惑星の大きさを器の大きさの違いで表し、

ブラックホールなんかも作っちゃって、

見事に地球を含む銀河系を色で表現した。

 

どのグループも、素晴らしい研究をしてくれて、

若草幼稚園の作品展に新たな歴史を刻んでくれた。

 

なんと長い前置きか。

 

さて、この色水を保管することはできない。

そこで、おしまいも自分たちでつけることになった。

担任に聞いたところによると、

早くも「くさっ」といって、すぐさま捨てたグループは、

「いっせーのせっ」と声を合わせて捨てた。

最後の実験をしたグループも多くあった。

それぞれが、思い思いに色とのお別れをした後、

ふと、容器を見たKくんが言った。

 

「先生、これ洗うが?」

「うん。洗ってくれると嬉しいな。」

 

そこでKくんが器を洗いはじめ、

みんなも洗いはじめ、それを干し、

さらに、机に残った水滴もきれいにふきんで拭き取って、

おしまいをつけたのだった。

 

感動と共に考察すると以下のようなことになる。

 

ある出来事に対する充実感、あるいは達成感が、

「おしまい」という主体的な行動を導く。

「おしまい」は、心をきちんと落とすべきところに落とす。

自分でおしまいをつけるそのスッキリとした充実感は、責任感を生む。

 

「おしまい」は、「はじまり」でもある。

 

子どものすてき。