園長ブログ

子どもと咲く花

保育の醍醐味は、なんといっても先生のものです。

毎日がとても新しくて、きらきらしています。その点、園長といえばお花の世話をするか、えらそうにするか…。

けれど、決まったことがない分、ゆったりとここにいて、あの子、この子に出会えます。

あいまいな存在であるからこそ出会えるあの子のすてき、この子のすてき。

きらりと光る子どもたちの姿を心に留めておきたくて、こうしてコラムを書いてみることにしました。

子どものすてきが、どうか、みなさんに届きますように。

2020.10.20

「ごめんね」の勇気③ ・・・年長児

 

次の日の朝、彼を呼ぶ。

彼は、「あ~、」という半泣きの顔をする。

辛い時間がやってきた、というわけである。

 

そこで、彼の肩を抱き、

「いやいや、言えんかったって?

それだけ、大変なことなんやって、これは。

君は、頑張ってるよ。」

と言って、二人になる。

 

きっと、喉から声が出ないのだと思う。

まずは、声を出すことから・・・、

と思い、「字が読めるか?」と尋ねると、

「うん。」と答える。

そこで、適当に本の題名を読ませると、

割にはっきりと声を出して読む。

 

そこで、紙切れに、「ご」と書く。

「ご」と読む。

ちょっと間を開けて、「ね」と書く。

「ね」と読む。

つぎに「ご」の下に「め」を書く。

彼は、ちょっと意味がわかってきて、

首に巻いたバンダナをかみ始める。

最後に、「め」の下に「ん」を書いて、読ませる。

そして、続けて「ご、め、ん、ね。」と読む。

これについて、彼は、割にスムーズに声を出した。

バンダナをムニャムニャと噛みながら。

 

「よし、そのまま、A先生に言いなさい。」

と言って、A先生を呼ぶ。

いざ、A先生を前にすると、む~ん、黙り込んでしまう。

その後ろで、私はさっき読ませた「ごめんね」の紙切れを出し、

「読み、これを。」と言う。

 

彼は、それを一文字一文字、区切って読んだ。

「ご、め、ん、ね。」

「よし。続けて言って、A先生に向かって。」

というと、なんとも中途半端な視線で、

区切ってんのか、続けてんのかわからんくらいの感じで、

「ご・め・ん・ね」と言った。

それでも、A先生は、嬉しくなって「いいよ。」と彼の両手をにぎって言った。

先生は、とても嬉しそうだった。

私は、そのA先生の嬉しそうな笑顔が、とても嬉しかった。

 

だが。

彼は、非常に不本意そうな顔で、そっぽを向いた。

「なんや、違うの?

これでは、ダメなんやな?

ちゃんと言ってないわけね?」

 

と、問う。

「読んだだけで、おれ、ちゃんと言ってないやん。」

という訳である。

なんて、いい子であろうか。

 

「あとで、もう一回、言うか?」

と聞くと、「うん」と頷いた。

 

ほんまにええ子や。

 

そして、お帰りの前に、彼は先生と手をつないで、やってきた。

「よし。」と言うも、また、黙りこくる雰囲気・・・。

そこで、「ご、って言うてみ、ご、って。」

というと、割にはっきりと「ご」という、

「そのまま、言いや。」

というと、

ちゃんと先生の方を向いて、

「ごめんね。」と言った。

これは、ちゃんと、正真正銘の「ごめんね。」であった。

A先生と二人で、「やったやん、言えたやん、えらいえらい。」

と褒める。

だが、彼は、なんとも嫌そうな顔をするわけである。

これは、なんであろうか?

 

当たり前のことしただけやん、

そんなに褒めてくれんでえいし・・・、

 

と彼が言っていたような気がする。

 

とりあえず、

「これで、最後やないぞ、

これから、毎回やぞ。」

と言っておいたが、

(ちなみに、もう一件あったりするし。)

 

どうかなぁ、これから。

 

ただ、言えることは、

彼は、とても「正」へのエネルギーが強い子であり、

照れ屋で、思っていることの反対を言ったり、

注目されると途端に黙ってしまったりするのであるが、

クラスを根底で支える力がある。

目的に向かって、ブレずに頑張り続けられる彼は、

力強く、自分の人生を生きていける子で、

そこに「ごめんね」のパワーがつながったら、

鬼に金棒であろう。

 

頑張ってね。

 

子どものすてき。