Hくんは、2歳から若草幼稚園にいる。
子どもは、いろんな魂を持っているが、
彼のそれは、
「超負けず嫌い」
というものである。
しかして、彼の魂は大変ゴルゴ13的で、
「俺の後ろに立つんじゃねぇ!
ばーん!」
というものであった。
それは、大変動物的本能に根ざすものであり、
我々は、手裏剣で彼の攻撃を未然に防ぐ、
忍者のような気持ちで、保育していた。
彼のご両親は、とても深く彼を愛しており、
我々もまた、とても深く彼を愛した。
特に、彼の拠り所であったM先生は、
誰よりも彼を気にかけ、愛を注いだ。
だが、忍者の道のりは、なかなか大変で、厳しいものだった。
そんな我々を助けてくれたのは、
常に、彼の魂に向き合い、へこたれず、
そしてどんなときも明るさを失わず共に歩いてくれたお母さんである。
どれだけ感謝しても、したりない。
ゴルゴ13は、年中の2学期に消えた。
そして、年長では、見る影もない以上になった。
それを実感したのは、実習生の部分実習だった。
活動は、ハンカチ落としで、
案の定、ハンカチ独占します、他の人に渡しません、
落とすときはめっちゃ時間かけますよ、
という人が現れ、それに気をとられた実習生の顔はみるみる暗くなり、
全体として、「訳分からん」展開になっていた。
そのさなか、彼は、じーっとその状況に付き合っていた。
だまーって。
信じられん。
「付き合う!」
彼が、状況に「付き合う」なんて。
例えば、お集まりの場所は、普通、保育室であるが、
彼の場合は、砂場であった。
「おりましょう。」というところに「おらん。」のが彼であり、
朝の荷物の始末は、しなければならないものだから、
しないものだった。
今では、なんでもきちんとする男である。
彼の負けず嫌いは、いい方にも色々と働いていた。
例えば、運動面でのある苦手な動きも、
負けず嫌いであるが故に、見えないところで努力を重ね、クリアした。
特に、お母さんには努力を絶対に見せない、
という男気を発揮していた。
だから、彼は、多才な男になった。
ゴルゴ13が消えた時期に目立ってきたのは、
言葉の発達と友だち関係の変化である。
彼は彼なりに、とても苦労してきた。
彼のルールが、まわりのルールとは異なることを、
ずっと言われ続けてきたのである。
それは、彼にとってみれば、
自分の生き方を認めてもらえないということを意味する。
年長になって、彼は完璧なこの世界の住人になった。
何が、彼をそうさせたのかと言えば、
まずは、大人との戦いに、およそ3年かかってうんざりし、
戦うよりも順応した方が楽、と気づいたことだろう。
3年間、負けなかった我々の勝利である。
そしてもう一つは、友だちと遊ぶことの楽しさや喜びを通して、
人と調和して生きることの幸せが分かったからだろう。
その間には、失恋もした。
自分たちの遊びの場所に、他の遊びが越境してきても、
その遊びがダイナミックだったから、みんなに応援の雰囲気があって、
彼もまた、それをおもしろそうに見守って、場所を譲っていて、
ほんまに育ったなぁ。
と実感した。
この世界の住人としての彼は、
他意のない、気前のよい、多才な男であり、
好きな子にはめっぽう弱い男である。
これを書いていて思うが、
彼の育ちは、遊び保育をしてなかったらどうであったろうか。
彼が、自分で選び、自分で求めた活動や関係がなかったら、
彼は、調和することの幸せを実感できたろうか。
遊びは、本当に大事なんである。