園長ブログ

子どもと咲く花

保育の醍醐味は、なんといっても先生のものです。

毎日がとても新しくて、きらきらしています。その点、園長といえばお花の世話をするか、えらそうにするか…。

けれど、決まったことがない分、ゆったりとここにいて、あの子、この子に出会えます。

あいまいな存在であるからこそ出会えるあの子のすてき、この子のすてき。

きらりと光る子どもたちの姿を心に留めておきたくて、こうしてコラムを書いてみることにしました。

子どものすてきが、どうか、みなさんに届きますように。

2022.03.30

例外 ・・・年長児

 

ご縁というのは不思議なもので、

東京にいたときから、何故か私は大学の授業で「保育内容 健康」を担当してきた。

この内容の一つに、安全教育として、

「リスク」と「ハザード」の問題を取り扱うのだが、

その実例として、「大型遊具で鬼ごっこはしない」ということを、

ながらく言ってきた。

「捕まる―捕まえられる」に、意識が集中することで、

思わぬ事故を招くからである。

 

ところが、

先日、年長で関わりの深かった皆さんに、

鬼ごっこに誘われた。

そのエリアは、大型遊具限定であった。

はははは。

そして私は鬼になり、「10数えろ」と言われて、

クライミングの急斜面の上で数えている間、

彼らは、至近距離で私をからかうように眺め、

「10!」になったとたん、

まるで特殊部部隊のように、さーっと滑り降りていった。

 

そういうわけで、私の手は、無様に宙を泳ぐだけであった。

ちくしょー。

 

そういうわけで、毎日、毎日、

脱走場所としてそこを熟知している場合には、

むしろ、刺激的な格好の鬼遊び場所になる、というわけだった。

 

何事にも例外はある。

一般論としての「ハザード」の場所も、

子どもの技量との相関で「リスク」に代わるという、

よき事例であった。

 

子どものすてき

 

 

<追伸>

 

この鬼遊びをするとき、

彼らは、私に矢継ぎ早にこういった。

 

「場所は、ここの緑(人工芝)のとこだけ。

5秒たつまでタッチ返しなし!

一人ねらうのなし!」

 

誰かを狙い打ちしようと目論んでいた私は意義を唱えたが、

多くのトラブルを通して、

それぞれの快適を模索してできたルールなのであろう。

それを、ルール違反最高峰の彼が言っていたことが、

私は、何より嬉しかった。

 

世間では、やっと校則について、見直す動きが出ている。

そもそも、人権を無視した校則が、校則として独り歩きし、

印籠のようにそれを振りかざす自分に気づきもせず、

子どもを傷つけていることをもろともしない組織の在り方には、

絶句する。

 

遊び保育を営む幼児教育は、ルールそのものの価値を問い、

吟味できる唯一の場である。

 

もっと、広がらん?

遊び保育。