園長ブログ

子どもと咲く花

保育の醍醐味は、なんといっても先生のものです。

毎日がとても新しくて、きらきらしています。その点、園長といえばお花の世話をするか、えらそうにするか…。

けれど、決まったことがない分、ゆったりとここにいて、あの子、この子に出会えます。

あいまいな存在であるからこそ出会えるあの子のすてき、この子のすてき。

きらりと光る子どもたちの姿を心に留めておきたくて、こうしてコラムを書いてみることにしました。

子どものすてきが、どうか、みなさんに届きますように。

2022.06.30

自己課題・・・年長児

 

ある子に、個人レッスンをしていたときのことである。

ほんの20分程度であるが、数のことであったり、

言葉のことであったり、絵の読み取りであったり、さまざまである。

思考訓練であるので、非常に頭が疲れる。

 

「今、疲れてるろ。

その頭使うのに慣れんと、先生のお話を聞けるようにはならん。

頑張り。」

 

というと、心なしか彼の表情が引き締まり、

気を取り直した風があった。

 

もう、限界かなというところで、

「ほんなら、終わりね。」

というと、「これは?」と言って、別の物にも興味を示す。

それで、少し時間が長くなる。

苦痛そうであるのに、不思議だなと思いつつ、付き合う。

 

それで、クラスに帰って何を言っていたかというと、

「楽しかった」だそうである。

 

うーむ。

どう、考えても辛そうやったけどなぁ。

「わからん」を連発していたし。

 

だが、彼は誰が聞いても「楽しかった」といい、

次の日も、その次の日も、ずっと意欲的だった。

「分かる」ことには、顔を輝やかせ、

「分からん」ことには、「うーん、うーん」と真剣に悩んでいるのが分かる。

 

先生のお話を聞かない根底には「分からん」がある。

その意味では、聞かないのではなく、聞けないのである。

だが、耳で聞くとはどんなことかとか、

形を読み取るとはどんなことかとか、

絵を描くとはどういうことなのかなど、

感覚的な、あるいは認知的な頭や身体の使い方について、

そのコツや方法がわかると、

子どもは、だいたい自ら羽ばたいていく。

時には、苦手が大得意分野に変わったりする。

 

やる気を見せるのは、希望を持ったとき。

その子が必要とするちょっとの積み重ねが、大きな未来を作る。

 

幼児期のすてき。