体調を崩して担任の先生がお休みだった日のこと。
Jくんが登園してきた。
うむ。
きっとショックを受けるだろう。
予告モードで挨拶にいく。
「Jくんおはよう。
今日さぁ、朝、T先生から電話があってさ~。
ガラガラ声で、しんどそうに。」
Jくんは、ふんふんふん~と、
いつも通りに多少照れながら、お母さんと階段を上がる。
「それで、熱があるから、今日お休みするんだって。」
と言ったととたん、ピタッと動きを止め、
大粒の涙をポロポロと流し、
「もういやっ。帰る!幼稚園大嫌い。」を連発し始めた。
これは、長期戦が予想された。
最もJくんのことを理解しているお母さんに任せるモードで、そばに立つ。
お母さんは、少しずつ少しずつ、彼をクラスへと導いてくれている。
こんなことも言ってくれた。
「よし、わかった。お母さん、早く迎えに来るから。」
私はこれを聞いて、早く迎えに来るのかなと相槌を打とうとしたが、
「それで、Jくんのこと、待ってるからね。」
と続く。つまり、早くに来てくれるけれども、最後まで頑張ろうということである。
そこで、「じゃあ、さよならして階段下りてきたらすぐママが見えるよ。」
と合いの手を入れる。
すると、お母さんもそれを受けてくれて、
「ちゃんと、階段からお母さんが見えるように、ここに立ってるからね。」
と言ってくれた。
ありがたい。
そうして、すったもんだしながらクラスに入るJくん。
さて、そこで身支度がある。
身支度をするということは、幼稚園で過ごすということの証である。
もちろん、Jくんは葛藤する。
すると、お母さんが「Jくんの気持ち、みんなの先生が分かってくれてるからね。Jくんが淋しいってことも、頑張ってるってことも分かってくれてるよ。」と声をかけてくれた。
この言葉が、私の心に浸みた。
きっとJくんの心にも浸みたであろうし、こんな言葉が必要な子がたくさんいるだろうと思った。
そういうわけで、Jくんは、おたよりばさみをカバンから出し、それを入れるポケットに向かった。
さて、彼はポケットにそれを差し込もうとする。
そのなんとゆっくりなことか。
そーっとおたよりばさみをポケットに近づけていく。
そんなんだから、思わず、お母さんも私も固唾をのんで見つめてしまうではないか。
それで、1㎝くらい端を入れて、おい~と息を吐いて出すJ氏。
思わず、笑いが起こる。
それでまた、そーっと近づけて、おい~っと出す。
あああ~とずっこけるお母さんと私。
そうして、「あとちょっと、落としてくれ~そこにすとんと!」
という私たちの視線をよそに、おい~っとまた出すJ氏。
これが、彼の心そのものだろうと私は思った。
それほど、いつもと違うことが彼にとっては大事件であり、勇気がいる出来事なのである。
ここまでで、およそ30分以上たっていたので、ひとまずお母さんに感謝しながら、他のこどもを見に行く。
戻ってきたら、おたよりばさみはポケットに入っていた。
そして、彼も覚悟を決めたらしく、そこから先はすんなりとお別れができ、
彼は、多少警戒心丸出しの動きをして、時に2階からみんなの様子を眺めたりして一日を過ごした。
やはり、最初の勇気と切り替えが大切だったわけである。
そうして、帰り、Jくんと手をつないで階段を下りていく視線のまっすぐ先に、
すてきなお母さんの笑顔があった。
ありがたい。
本当にお母さんに助けられた朝だった。
お母さんは、「Jくん、大丈夫だったね。先生いなくても、ちゃんと頑張れたね。」とお話していて、私も大同調したのだった。
Jくんとお母さんのすてき。