私は、これをシリーズ化したい気持ちがあるほど、
「仕事」場面に着目している。
厳密にいうと、仕事的所作である。
ほうきで掃くとか、ブルーシートを畳むとか、
何かをきれいに並べるとか、そんな所作である。
遊びは、いわゆる思い付きで進行する。
だが、上記のような生活場面における所作としての「仕事」は、
ゴールが明確であり、合理的で無駄のない動きがよしとされる。
このことが、子どもにとって非常に魅力的である。
「大人みたい」という誇りが技の習得を喜びに替え、
目的がはっきりしているシンプルさが、
社会的価値と相まって、やりがいを生む。
それは、すっきりと気持ちいい。
そういうわけで、保育に入ったときは、
それができる場面を積極的に使っている。
私は、生活が必要と合理性によって流れることに魅力を感じるので、
いちいち子どもを止めて全員を集めることには意味を感じない。
それをしないでも、こちらのまなざしで問題は解決することも多い。
例えば、人数確認とかね。
それで、プールのとき、先に上にあがっている子どもたちに、
「タライに水頼むね~。消毒用のやつ~。」と声をかける。
(プールはネットを張ってあるので、子どもが落ちることはない。)
すると、「わかった~!」と張りのある声が聞こえる。
時間差で現場に行くと、子どもたちが、「そうで」「ちがうで」、
「これで」「こっちで」と、
わーわー言いながら準備してくれている。
仕事内容は、二つのタライにホースで水をためることなのだが、
Hくんが、ホースの口をちょうど水が二股に分かれるようにつまんで、
2つのタライに同時に水を入れていた。
まわりから、「お~。」と感動の声が。
私も感動した。
それから水の量で、あれこれとすったもんだして、
適量が入った。
子どもって、働き者。
仕事のすてき
<追伸>
こういうとき、ホースが一個しかないから、
やらせない説はあるだろうか。
「けんか」になる、っていうやつ。
私も、今の3歳児なら「やめちょこうかな」と思うね。
血が出るか、阿鼻叫喚場面に早変わりか・・・。
だけど、3人くらいしかその場にいなかったら、投げかけるかな。
そして、もう4歳児、5歳児のように、
次があると見通せたり、まあええか、と流す場面は流せる育ちがあるなら、
積極的に投げかけます。
つまり、人による、学年による、場面による、育ちによる。
すなわち、保育の専門性、子ども理解による、
というわけだ。
保育のすてき