朝、早く来た子たちには仕事がある。
忍者通りという、環境を設定することである。
主に、タイヤを組んで不安定なところを渡る場所と、
両足飛越の場所、グネグネ道などを作る。
そして、大きな砂場のシートを畳む。
この学年は、仕事を我が事として捉え、
時間になったら、保育者が声をかけずとも自分たちで始めていた。
すご。
と思ってみていた。
問題は、継続である。
明日は来る。
家事がまさしくそうだが、洗い物は終わっても終わっても、
またできる。そして、やらねばならない。
子どもたちに中だるみが来たのは、2学期後半だった。
声掛けが必要になり、なんだかめんどくさい、という空気が流れた。
それでも、明日はやってきて、忍者通りを作る時間はやってきた。
仕方ない気持ちで、彼らはそれに取り組んだ。
ここが正念場である。
こんなときは、心的エネルギーを使わないで、
ともかくやります~と、やりすごすに限る。
そして、3学期半ばごろから、また息を吹き返した。
そこには、進化があった。
4月の時点で、例えば両足飛越用の竹を置くとき、
タイヤ飛びをして、次に両足飛越という流れで作っているので、
タイヤから少し距離を取っておかないと危ないよ、
という話をして、距離を取らせていた。
何度かの修正を経て、竹から竹への間をスコップで図っているので、
タイヤからもスコップで距離を測って、最初の竹を置くようになった。
そして、今日、ふと見ると、
Mちゃんが、タイヤを自分で飛んでみてから、最初の竹を置いていた。
自分が置いた場所が、ちゃんと安全かどうか、自分で確かめていたわけだ。
「意味が分かってやる」という、そんな力が育っている。
これは、主体的に生きる市民への素地であろう。
そして、大きなシートを4人がかりで畳む呼吸のすばらしさよ。
ほっ、ふっと同時に力を込めて、大きなシートを畳んでいく。
ところが、できあがりが妙に美しくなかったので、
「気に入らない」という事態になった。
「なんか、ぐちゃぐちゃや。」
と言って、やり直す。
4人ともが、心が同じように動いてやり直す。
仕事になんとなくプライドを持ち、きちんとしたいと思う。
これは、良き市民への素地である。
社会を支える幸せな良き市民の力は、幼児期から培われる。
子どものすてき。