園長ブログ

子どもと咲く花

保育の醍醐味は、なんといっても先生のものです。

毎日がとても新しくて、きらきらしています。その点、園長といえばお花の世話をするか、えらそうにするか…。

けれど、決まったことがない分、ゆったりとここにいて、あの子、この子に出会えます。

あいまいな存在であるからこそ出会えるあの子のすてき、この子のすてき。

きらりと光る子どもたちの姿を心に留めておきたくて、こうしてコラムを書いてみることにしました。

子どものすてきが、どうか、みなさんに届きますように。

2014.03.30

小学生の時間

 

小学生の時間とは、不思議なもので、

何度待ち合わせをして、なんどそれがご破算になっても、

時計の時間を持ち込まない。

 

その昔、上の息子は、なんども遊ぶ約束をして来て、

なんども、「会えなかった」と帰ってきた。

だけれど、それはそれで終わりとなり、そこから

何時にどこで待ち合わせしよう、という発想は生まれなかった。

私はいつも、それを不思議に思って眺めていた。

 

大人やったら、たいへん。

 

ところが、最近になって、お互いに連絡を取り合うということを

頻繁にやり始めた。4月からは中学生。

電話番号をお互いに知らせ、「今から」というものも多いが、

約束というものをし始めたのである。

 

ちなみに、今度4年生になる、下の息子たちは小学時間を生きている。                

お昼の時間がずれていて、待たせるし、今日は遊べない、

といってもずーぅっと待っているので、

結局遊ぶことになるとか、

来たらおらんとか、えぇーで済むとか。

一方、上の子の友達は、待っていることにイライラしていたりする。

 

小学時間は、逆算しない時間である。

 

大人の時間は、ほぼ全て予定という逆算の時間で流れている。

たまに、気にしない時間があっても、

気が付いたら、「もう!」となっていて、

そこから先、急いで済まさなければならない出来事がいっぺんに襲って来て、

うんざりする。

きゅうくつだのう。

 

ちなみに、先日の主任会で一年の予定を詰めて、

われわれの2014年度は、もう終わっちまったという気分になった。

 

子ども時間は、「今」が前に流れていて、そのこと自体を意識化しない。

だから、ひたすら前に流れる。

2歳の場合は流れてすらない。

「今」しかない、生命体だ。

中学生になると、思考の合理化が進み、

「楽しいこと」をより無駄なく味わえるための逆算が始まるらしい。

見通しから、計算が生まれ、無駄のない楽しみ方を求めるようになる。

 

どうも、人間とはそうした生き物で、

われわれ大人はそれを究極まで研いでいるということになる。

それも仕事で。

いややね~。

 

ともかく、子どもが生きている時間は独特のもので、

おそらく、天気や温度、湿度、風の向き、場所、雰囲気にどっぷりつかって生きている。

子どもの絵には、いつも太陽がある。

何が起こっても、「あー、そうか。」で済み、

「わー、」とか、「ひぇー」とか、「ぎゃー、」とか、「わはは」で済んでいるんだろう。

その時に、その場所で、心を動かす、そんな時間である。

 

おそらく、最高に贅沢で最高に豊か。

 

こんな時間を味わえている子どもは、どれだけいるかな。

大人の逆算時間感覚に巻き込まれている子どもが、たくさんいるのではないかな。

 

どうか、子どもに、子どもの時間を。