園長ブログ

子どもと咲く花

保育の醍醐味は、なんといっても先生のものです。

毎日がとても新しくて、きらきらしています。その点、園長といえばお花の世話をするか、えらそうにするか…。

けれど、決まったことがない分、ゆったりとここにいて、あの子、この子に出会えます。

あいまいな存在であるからこそ出会えるあの子のすてき、この子のすてき。

きらりと光る子どもたちの姿を心に留めておきたくて、こうしてコラムを書いてみることにしました。

子どものすてきが、どうか、みなさんに届きますように。

2014.07.30

ほんとうは・・・。

 

セミの季節。

大音量で鳴き続け、私たちの声もきこえやしない。

そして、子どもたちはその捕獲に勤しんでいる。

 

おっ、とみると、飼育ケースにどっちゃりとセミが入れられており、

下のセミは苦しさにあえいでいる。

 

なにしゆうが~、苦しそうやん。

 

だいたい、こういうことをする子どもは、セミに触れない。

なので、およそ、捕まえて遊ぶ物体という扱いをする。

触れる子どもは、セミの動きに対して同調性を持っており、

それ故か、親しみも持っている。

じっくりも見る。

なので、こちらがいったん気づかせれば、

捕まえて確かめたら逃がしたり、希少なものを探す。

 

触れんがやろ~、

 

というと「うん」とうなづく子どもたち。

 

「はい、脇を持つが、脇を、」と特訓。

震える手で、翅のところをつまもうとする。

「違うて、脇、ここ、ここ」とその子の脇をさわる。

 

もっと、手を開くが。

はい、やって。

まみこせんせい、ぜったい手―、はなさんて。

大丈夫、はい、

違う、もっと手―、開くが、こうやって。

 

と、スパルタ園長のもと、何度も手をひっこめながら、挑戦。

 

持てた!

嬉しさと安心の笑顔が浮かぶ。

セミもおとなしく、挟まれている。

 

ちょいと相手が不穏な動きをしようものなら、

ひぇ~!!と手をはなしまくりで、

なんと、Kちゃんなんか、足でけってたもんね。

こわいから。              

 

乱暴の底には、怖さがある。

未知なるものへの無理解も。

 

ちょっとずつね。

一緒に。