園長ブログ

子どもと咲く花

保育の醍醐味は、なんといっても先生のものです。

毎日がとても新しくて、きらきらしています。その点、園長といえばお花の世話をするか、えらそうにするか…。

けれど、決まったことがない分、ゆったりとここにいて、あの子、この子に出会えます。

あいまいな存在であるからこそ出会えるあの子のすてき、この子のすてき。

きらりと光る子どもたちの姿を心に留めておきたくて、こうしてコラムを書いてみることにしました。

子どものすてきが、どうか、みなさんに届きますように。

2014.11.20

究極の選択

 

行事というのは、回数が少ない。

いわば、学びの節目。

 

そして、年長さんのときの運動会は、一回しかなく、

小学一年生のときの運動会も一回しかない。

 

さて、ビデオを撮るか、目で見るか。

 

私は、ビデオを撮らないが、

ビデオは、後に家族全員で再生して見ることができる。

本人も自分の姿を見ることができ、

こう、みんなで思い出や充実感に、もう一度浸ることができる。

さらに、見に来られない家族の人、おじいちゃん、おばあちゃんにも、

その姿を伝えることができる。

記録という宝物が残るという感覚もあるだろう。

 

一方で、目で見ることの良さは、

「生」ということである。

目ほど、すばらしくフォーカスを変えられるものはない。

全体を見ようとすれば、瞬時に見られ、

わが子を見ようとすれば、瞬時に見られるし、

他のお友達のところにも、瞬時に視点の移動ができる。

ズームは効かないけどね。

 

しかし何より、すごいのは、共感覚である。

私は、この音楽会で、自分の息子がとてもとても緊張しているのを感じた。

そして彼が、自分の出番で、

役割のシンバルに全力を傾け、

指揮に集中し、最高に意図的に音量を調節し、

さらに、リズムをしっかりとろうとしていることを、

感じ取って、涙した。

それは、とてもかけがえのない、心の姿だった。

 

めずらしく母の心だが、

あの感覚は、目で見ないと味わえないもので、

おそらく、一生、私の心に残るだろう。

あの空気を共に味わうこと。一期一会の尊さ。

 

究極の選択。

 

子どものすてき。