園長ブログ

子どもと咲く花

保育の醍醐味は、なんといっても先生のものです。

毎日がとても新しくて、きらきらしています。その点、園長といえばお花の世話をするか、えらそうにするか…。

けれど、決まったことがない分、ゆったりとここにいて、あの子、この子に出会えます。

あいまいな存在であるからこそ出会えるあの子のすてき、この子のすてき。

きらりと光る子どもたちの姿を心に留めておきたくて、こうしてコラムを書いてみることにしました。

子どものすてきが、どうか、みなさんに届きますように。

2016.03.21

絵を描く喜び ・・・卒園児

 

Rくんが年少さんの頃、とっても楽しそうに絵を描いているのを、

傍らで見ていたことがあった。

Rくんは、ずっと一人でお話をしながら描いていて、

それはとっても色彩が豊かで、生き生きとしていて、

見ている方も楽しくなる絵だった。

 

しかし、絶え間なく続くお話と共に、絵はどんどんと塗り込まれていき、

最後は、絶妙にまっ黒な絵となって、飽和して終わった。

 

なるほど。

 

これが、子どもの絵なんだなと思った。

楽しくて楽しくて、終わる絵。

それは、とても印象深い出来事だった。

 

そして、彼が年長の秋、それぞれが等身大の自分の絵を描いた。

担任によると、彼は世界中の色で塗るんだと意気込んでおり、

結果的にあったのは、絶妙に渋い、なんともいえん、水色グレー一色の絵だった。

 

笑える。

年少の頃の彼の姿がよみがえった。

 

そして今回、卒園式の壁面用に描いた彼の絵は、

ちゃんと7色になっていて、

おそらく秋の作品展の他の子の絵に影響を受けた痕跡が見受けられた。

うまくいかなかったから、参考にしてみようというわけだ。

しかし同時に、何かまだ完成していない、

意気込みと結果のアンバランスさが見えた。

 

結果が全てではない。

彼の絵が、いかにアンバランスであろうと、

いかに思い描いた意気込みとは異なる絶妙な渋い色になっていようと、

その集中力は真実であり、過程に見える生き生きとした描写は本物である。

ただ、終わりの按配が見つからないだけである。

それは、収まり切れないエネルギーを彼が持ってるということだ。

 

あぁ、楽しみ。

 

イケメンなのに、どこかすっとこどっこいなRくん。

そのままに自由で、そのままに明るく、

そしていつか、すごいものを創作してね。

 

子どものすてき。