園長ブログ

子どもと咲く花

保育の醍醐味は、なんといっても先生のものです。

毎日がとても新しくて、きらきらしています。その点、園長といえばお花の世話をするか、えらそうにするか…。

けれど、決まったことがない分、ゆったりとここにいて、あの子、この子に出会えます。

あいまいな存在であるからこそ出会えるあの子のすてき、この子のすてき。

きらりと光る子どもたちの姿を心に留めておきたくて、こうしてコラムを書いてみることにしました。

子どものすてきが、どうか、みなさんに届きますように。

2016.05.10

あ~、つかれたぁ ・・・2歳児

 

昨年の話。

Sくんが、私の手をにぎって、こう言ってきた。

「Sくんね、Tせんせいの持ってきた縄跳びいらんがよ。」

「あー、そうなの。」

「Sくんね、Tせんせいの持ってきた縄跳びいらんが。」

「うん。」

「Tくんのなが、ほんとうは。」

「あぁ、そう。

 Tくんの持ってるのが、Sくんのやった?」

 

おそらく。

Tせんせいは、Tくんの持っていた縄跳びと同じものを、

Sくんに渡したのだろう。

でも、Sくんは、自分が先に持っていたのだと、

主張したいわけだ。

 

「じゃぁ、Tくんに言いに行こう。

本当は、Sくんのだよって。」

そこへTくんが来たのだが、

そこには反応しない。

どうやら、Sくんは、縄跳びはどうでもいいらしいのだ。

 

そしてまた、「Tせんせいがくれた縄跳びはいらんかったがよ。」

と繰り返す。

 

なるほど。

 

Tせんせいに、誤解を解きたいんだなと思い当たる。

それが、彼にとっては、とてもとても大切なことなのだ。

 

「じゃあ、Tせんせいにそれを言いに行こう。」

というと、「うん」とうなづく。

 

しばらくして、Tせんせいが帰ってきた。

「Sくん、Tせんせい帰ってきた。

 言いに行こう。」

と一緒に行く。

 

言葉につまりながら、なんとか、Tせんせいに、

Tせんせいがくれた縄跳びは、いらなかったと伝える。

私の目配せで、察しのいいTせんせいは、

Sくんの言わんとすることをわかってくれる。

そして、「ごめんね。」と言ってくれた。

 

ほーっ、とするSくん。

 

私とまた手をつなぐ。

「ほらねー、言ってよかったでしょ。」

というと、

「うん。」

と言い、そして、

 

「あー、つかれた。」

 

と言った。

 

大好きな先生。

いつも先生が、自分を思ってくれていることを、

重々知っているSくん。

だから、「そうじゃないっ」てことを言うのに、

とてもエネルギーがいった。

 

子どもにも、愛する人への気遣いがある。

子どもとせんせい。

 

子どものすてき。

 

 

 

追伸

 

これには、ポイントが二つある。

まず一つは、事実はどうでもいいということ。

つまり、縄跳びをTくんが先持っていたか、

Sくんが持っていたかは主題ではなく、

自分のどうしようもない思いを、

ちゃんと先生に伝えるという事が主題である。

そして、もう一つは、

自分の思いを伝えられる別の存在があるということ。

これは、保育者集団の質が問われる。

思いが強かったり、抱えたりする子ほど、このことは大切と思う。