園長ブログ

子どもと咲く花

保育の醍醐味は、なんといっても先生のものです。

毎日がとても新しくて、きらきらしています。その点、園長といえばお花の世話をするか、えらそうにするか…。

けれど、決まったことがない分、ゆったりとここにいて、あの子、この子に出会えます。

あいまいな存在であるからこそ出会えるあの子のすてき、この子のすてき。

きらりと光る子どもたちの姿を心に留めておきたくて、こうしてコラムを書いてみることにしました。

子どものすてきが、どうか、みなさんに届きますように。

2018.03.01

頑張る心 ・・・年中児

 

生活発表会が、無事に盛大に終わった。

どの子どもも、期待に満ち、自分のすてきを信じて、

舞台に立つ姿があった。

この晴れの日にいたるまでには、たくさんのドラマがあった。

 

これは、Dくんの話である。

Dくんは、なんというか、最終的には、ある役になって、

みんなと一緒に動くということに、わからなさを抱えており、

練習のときは、ずっと動き回って、

はっきり言って、「やめなさい。」という動きばかりをしておった。

 

分からないため、じっとしているのが、我慢できず、

最初はみんなと一緒にいても、すぐに飛び出し、走り回る。

その底には、きっと不安があったろう。

 

総練習では、緊張も手伝って、さらに動き回っていたので、

舞台から出して、遠くから劇の様子を見させた。

そして、チアダンスのシーンになっている舞台を見せながら、

「あなたは、このときに何をするの?」と尋ねると、

「へびを倒す」といった。

「どこに、まえがみたろうがおる?

 へびがどこにおるの。

 おらんやないの。

 ちゃんと舞台を見なさい。今、誰が何してんの?」

 

というわけで、彼にとって、劇は、細部をすべてとっぱらって、

「へびを倒す」という出来事に集約されているのだった。

それでは、他の動きができるわけがない。

先生は、彼と個人錬をしていたが、それでも、わかっていなかったわけだ。

セリフは覚えているのだが、構造がわかっていないのだった。

しかし、希望が持てるなと思ったのは、

彼は、ちゃんと先生に「はじめがわからない。」と言ったことだった。

わらないことがわかっているのだったら、必ず学習できる。

 

そこで、職員室で個人錬をすることにした。

ここで、神様の恵みがあって、

なんと、やり取りの多い、火の鳥役のYちゃんが、

「私も一緒にいく。」とついてきてくれたのであった。

ありがとう、Yちゃん。

そして彼は、けっこうセリフを覚えていた。

それをリズムよく、相手と合わせて話すのが難しかった。

私の派手な指揮のもと、何度も練習しているうちに、笑顔が浮かぶ。

それがまた、いろんな人が打ち合わせに来るもんで、

何度も中断されたのだが、彼も彼女も非常に頑張ってくれた。

それでも流石に疲れが見えてきて、

前半で、手一杯になり、

中盤までは、行くことができなかった。

とりあえず、「またやろう。」と言ってわかれ、

クラスの練習をむかえた。

 

出番になる。

セリフのタイミングになると、Dくんは、確かめるように私を見た。

私は、おおきくうなづく。

また、次のときにも、私を見た。

大きくうなづく。

そして、3回目のとき、彼は、

隣で、同じ役の子が同じことをしていることに、気づいた。

 

「自分」に囚われていたDくんが、周りに開かれた瞬間だった。

友だちと同じことをすれば、「できる」。

彼は、私を見なくなった。そして、周りに混じって、そこにいた。

分からない中盤部分も、友だちについていき、

後半の大好きなシーンは、生き生きと頑張っていた。

 

そうして、本番当日を迎えた。

彼の表情は、非常に硬かった。

そして、練習のときには、できていた前半部分は、黙ったままだった。

そして、後半部分も、ほとんど立ったままだった。

そして、唯一大きな声が出ていたのが、

やり残していた中盤部分だった。

 

彼は、自分の課題がちゃんとわかっていたのである。

そして、本番、そこに気持ちを合わせていたのだろう。

なんと、真面目な子だろうか。

なんと、必死な姿だろうか。

 

結果は、客観的に見れば、とても残念なことだった。

覚えた前半部分を友だちとこなし、

中盤部分は、友だちに合わせ、

大好きな終盤は、生き生きと演ずるはずだった。

彼は、生活発表会は二度とやりたくないといい、

その曲が流れると耳をふさいだほどだった。

本当に、ごめん。

 

しかし、私は、

彼自身ができない自分に課題を持ち、

それに悩み、最後までなんとかしたいと思い続け、

頑張っていた姿に胸を打たれた。

君は最高にえらい子だと言いたかった。

 

来年は、きっと大きな花が咲くだろう。

節目の日の裏側には、たくさんのできごとがある。

 

子どものすてき。