仕事の合間に、時間があまった。
次の打ち合わせまで、およそ一時間。
移動するには足りないから、
どこかでコーヒーを飲むことにする。
駅の周辺を歩くと、
町の古い喫茶店という佇まいの店が一軒あった。
サイフォン抽出の店、カフェモカと書いてある。
これに惹かれて、入ることにした。
店内は老人客で盛況だった。
車椅子の人から、とてもヨボヨボの人から、
常連らしい50過ぎの兄ちゃんもいた。
みんなランチを食べていて、とてもおいしそうだった。
赤い椅子に座ると、不思議ととてもくつろいだ。
なんか、魅力のあるお店だなと思った。
メニューを開くと、
トップに、とてつもなく高額のコーヒーが並んでいた。
キリマンジャロとか、ブルーマウンテンとか、知らん名前とか。
一方、カフェオレは、420円だった。
東京的に安い。
まわりの皆さんが頼んでいるランチも、
量から言えば実に良心的な値段である。
なのに、なぜ、コーヒーがこの値段なのか?
いつもなら、迷わずにカフェオレを頼むはずなのに、
「サイフォン抽出」の文字と「コーヒー。」と思っていたことと、
ブルーマウンテン、好きよね、と思ったせいで、
血迷って、コーヒーにすることにした。
60歳半ばのおばさんに、
「ブルーマウンテン下さい。」という。
するとおばさんは、
「え・・・。」
と、動きをとめて絶句した。
はい?
思わず私も、なんか、悪いことした?
と戸惑う。
二人で黙る。
「え・・と、
これって、驚くことなんですか。」
と尋ねると、
「え・・・、いや、なんていうか、
ブルマンなんて、年に2,3回しか出ないから。」
って、そんな心底驚くようなメニューをどうして、
トップに書いてあるのかね、と心で突っ込む。
そして、おばさんはカウンターのマスターに、
「ブルマンです。」というと、
ここでも、
「え、」と息を止める声が聞こえた。
こうして私は、年に2,3回の客の一人という、
スターダムにのし上がった。
だた、その頻度なら、豆は古い。
どんな保存状態だろう。
と、いらん想像をする。
そうして、出された水を一口飲むが、これまたおそろしくまずかった。
さらに、店員さんが持っているホットドッグのパンは、
最安値更新みたいなパンだったから、
あぁ、今回は(お金を)捨てることになるかもしれんな、
と思う。だが、料理はどれもおいしそうだ。
それにしても、常連客のくつろぎ方と、
飾り気のない店の気遣いがあたりを包み、
私はとてもリラックスしていた。
カウンターから、
「ブルマン出ます!」というマスターの声が聞こえた。
だが、店員さんは、なすを引っ張り出すことに必死だった。
さらに、「ブルマン出ます!」という張りのある声が聞こえる。
とうとう、やってきた。
おいしかった。
無事に。
よかった、と喜びに浸っていると、
マスターの怒鳴り声が聞こえてきた。
「ほら、早くしろよ~。」という声の横で、
人の良さそうな店員さんが、
「ほら、マスター、怒り出しちゃうから・・・、」
とブツブツ言っている。
彼は、「もっと、(ソース)をなめらかにのせろよ、」
と怒り、「さっさとしろ」と怒り続けていた。
だが、「おいしかったです。」というと、
満面の笑みを返してくれた。
会計のとき、60歳半ばの奥さんであろうおばさんは、
こんな高いお金をもらうのに、
騒騒しくてほんとにごめんなさいね、
生まれ変わったら、絶対あの人と結婚しない、
と言っていた。
だが、おかげさまで、
私の時間が豊かに膨らんだ。
コーヒーのすてき。