もし、自分の保育技能を息子たちに使えていたら、
彼らはもう少し幸せだったであろう。
寝ぼけている時が、一番礼儀正しい上の息子を見ていると、
切にそう思う。
最近、親と先生は何が違うのかわかった。
それは、見通し力である。
先生である私は、
ある程度、子どもの「その先」が発達とともに見える。
そして、その個性を「信じる」ことができる。
信じることができるので、道筋が見える。
ところが、親である私は、
親になったとたんに、五里霧中になり、
心配から、キレちゃうんである。
そう、親は「心配」に心を彩られる。
「心配」を超えて、信じることがどれだけ難しいか。
というわけで、結局、私の専門家としての保育技能を、
子育てに、全く使えないんであろう。
それでも、17年、19年くらいたつと、
いろいろあきらめと共に、気づくこともある。
そんなにかかって・・・。
その意味では、保護者のみなさんを心底尊敬する。
私は、自分でアドバイスをしておきながら、
3日で、それを忘れている。
子育てのすてき。