とうとう、卒園という節目がやってきた。
無事、子どもたちを小学校に送り出すことができ、
感無量である。
今年嬉しかったことは、年長の皆さんが、
とても堂々とお返事をしていたことであった。
名前を呼ばれて、きりっと返事ができる。
それは、自分の存在への信頼である。
その背景には、担任の先生が注いだ一人一人へのまなざしがある。
ほんとに、一人一人を大事にすることって大事、と思った今年だった。
将来の夢については、練習の時ほど自己発揮できなかった皆さんだったが、
その内容は多岐に渡り、我々の保育の成果をみた次第だった。
風前の灯である大工さんがいたことは、大変喜ばしく、
幼稚園の先生も4人いた。確か。
そのほか、パン屋さん、サッカー選手、バスケ選手、おまわりさん、
消防士さん、トラックの運転手、ゲームクリエイター、絵本作家などなど、
身近な大人に目を向けている子どもの姿があった。
大人の仕事をする姿は、合理的で無駄がなく、ある種の美しさがある。
そこに目を向けられていること、憧れを持てていることは、
とても喜ばしい。
保護者の皆さんが、先生という大人以外の大人として、
PTA活動をはじめとするさまざまな場面で、子どもと接し、
子どものモデルとなり、慈しんでくれているおかげである。
世の中は、PTA不要論が立つ巻いているが、
それで失っているものが何かは、失ってみないと気付かないかもしれない。
失っているもの、それは「安全」と「さまざまな大人の姿」である。
また話が長くなるので、本題に戻そう。
そんなわけで、私にとって卒園式の将来の夢は、
今の子どもが社会のどの場面に注目しているのか、
ということを知る統計の場である。