園長ブログ

せんせいのすてき

若草幼稚園は最高の幼稚園。

なぜかというと、20代から70代まですべての世代にまたがって、先生がいるからです。

若さもすてき、年寄り最高。

幼稚園の先生と言えば、「子どもたちが帰ったら何してるんですか?」 、これが何十年も変わらない質問です。

これに対して、いつも、「う、」 と黙ってしまう私たち。だって、いっぱいありすぎて、一言では言えません。

子どもを心からかわいいと思い、踏ん張り頑張る先生たちのすてきを綴ってみます。

2016.02.21

ごっこ遊びとは何か ①

 

UPの日を、すっかり一日間違えていたでござそうろう。

今日は、生活発表会。

子どもたちのすてきぶりに、泣けた。

 

さて、

ごっこ遊びとは、「つもり」の遊びである。

お母さんのつもり、とか、プリキュアのつもり。

ヒーローのつもり、とか、海賊のつもり。

 

赤ちゃんを寝かせているつもりだし、

敵と戦っているつもりである。

ときに、本気になって泣く。

 

現実社会の印象に残っている部分を、

思いつきで、適当につなげて、再現し、再構成する。

それが、ごっこ遊びである。

中身はけっこう奇想天外で、実におもしろい。

 

現実を色濃く反映したものであるから、

今の子どもが黒電話をかけるわけがない。

もちろん、スマホである。

私の場合、年のせいで指が乾燥しすぎて言うことをきいてくれんが、

子どもの手だと実にスムーズであろう。

だが、「つもり」なので、廃材でできており、動くわけはないが、

子どもは実に幸せそうである。

時計だって、動くわけはないが、つけているだけで、ハリがでる。

 

ごっこは、自由である。

 

年少さんのごっこ遊びは、まるで花に集まるミツバチのようである。

おもしろいことがあったら、即座にそこに集まってくる。

保育者は、基本、遊びの持続を課題に持つので不可思議な現象だが、

ある意味、それは生態だと思うべきところがあろう。

2歳なんて、瞬間的なやりとりの連続である。

構造持たない。

しかし、寝ても覚めても家でも幼稚園でも、カマキリになっていた子がいたね。

目が合うとポーズ取ってくれたりして。

そういうの、いいなぁ。

豆まきの後は、毎日毎日毎日毎日、

園庭で鬼が新聞棍棒を振り回していたし、

今日劇に出てた、恐竜だって、普段の日に一日中その格好だったもんね。

 

興味関心をもつというエネルギー、

そのエネルギーでもって、

具体的に、それも即座に身体を動かすこと、

それでもって、なんとなくから、めっちゃ一緒に、までの幅で、

友だちと響き合うこと、

これが大切である。

 

さて、ごっこは自由だが、拡散しすぎるとつまらなくなる。

 

つづく。