保育現場では、生き物が死ぬと、
墓を作って祈るというのが定番である。
命の大切さの象徴が、お墓というわけである。
だが、セミの雰囲気が違ってきた。
去年あたりから思ったことだが、
こう、虫取りかごの中で、大量に入れられてバサバサ暴れていると、
食料に見える。
そして、園庭にバタバタ死んでいると、
お墓作って、お祈りの気分も失せる。
そして、ふと気づいたが、
捕まえて逃がすが定番化している。
ほとぼりが冷めたら、放すというわけである。
子どもたちにとっては、捕ることと、
それが、クマだったりアブラだったり、珍しいミンミンだったり、
オスだったり、メスだったりすることが重要である。
それで、いいわけである虫取り。
そんなわけで、世話した結果で死んでいるよりも、
寿命で、バタバタと死んでいるセミのみなさん。
そこここで、アリが食料にしている。
去年は、土に還るように一か所に置いていた記憶があるが、
今年、私は落ちているセミを落ち葉と一緒にほうきで履いて、
畑にまいた。
「なんか、私、セミの死体ほうきで履いて、
葉っぱと一緒にしてるなぁ。」と思いながら、
そうしていた。
よくない?
虫と生きる自然な話。