園長ブログ

せんせいのすてき

若草幼稚園は最高の幼稚園。

なぜかというと、20代から70代まですべての世代にまたがって、先生がいるからです。

若さもすてき、年寄り最高。

幼稚園の先生と言えば、「子どもたちが帰ったら何してるんですか?」 、これが何十年も変わらない質問です。

これに対して、いつも、「う、」 と黙ってしまう私たち。だって、いっぱいありすぎて、一言では言えません。

子どもを心からかわいいと思い、踏ん張り頑張る先生たちのすてきを綴ってみます。

2016.07.20

三つ巴以上

 

幼児教育は、けっこう、大変な状況にある。

幼稚園教育要領、すなわち法律において、

幼児教育は、環境を通して行われるものであり、

遊び中心的活動とすると明示されて以来、およそ30年近くになる。

 

日本の幼児の多くを担う私立幼稚園は、

建学の精神を盾に鼻で笑っていたが、文科省がブレないので、

笑えなくなってきた。

 

しかし、世の保護者は相変わらずである。

「できる」を目に見えやすいかたちで求める。

冷静に見れば、調教以外の何ものでもないことから生まれる成果らしきものが、

すばらしい宝石のように見えるらしい。

その曇った眼の底にあるのは、なんだろうか。

不安かな。

上昇志向がもつ階級的戦いかな。

そこに、マスメディアは、なんのてらいもなく拍車をかける。

 

本当は、どの保護者もシンプルに自分の子どもが大切にされることを望み、

先生に愛されることを望んでいる。

そして我が子の生き生きとした幸せそうな表情に安心する。

本当は、そこだけである。

だが、入り口はそうではない。

入り口では、「できる、形」を求める。

 

そこで経営を第一に考える私立幼稚園の経営者は、

保護者のニーズに応える教育をする。

法律的なプレッシャーをヒシヒシと感じながら、

(なかには一ミリたりとも感じてない園もたくさんあるが、)

つぶれないために、「させる」教育を続けている。

 

さて、学生は、遊びが大事であると学校でならいながら、

「させる」教育の世界に入り、

本来の理念や価値を感じないで済むように鈍感さを身にまとい、

保育をする。

だから、続かない。

 

そして、我々の未来である子どもは、

こんな言葉は本当に使いたくないが、

調教の世界で、ほんの小さなころから、

自分を出さないことを学び、感じないことを学ぶ。

保育する側もされる側も、心をそこに落とさないで、時間を過ごす。

無気力な子が育って当然。

いつも、自分の心と関係ないところで評価にさらされて生きてきた子が、

弱くて当然。

「ぼくは、これでいいんだ。」

という自信をいったいどこで手に入れるというのだろう。

 

いささか、悲観的であるが、うそではない。

しかも、問題はまだまだある。

養成校に幼児教育の専門家がいないとか、

役人に幼児教育出身がいないとか、

政治家に幼児教育分かってる人皆無とか、

いろいろね。

 

それでも子どもは生きている。

我々の考えや思いの範疇を超えて、

しなやかに、たくましく育っている子はたくさんいるだろう。

けれど、私は、なんとなくやりきれん気持ちになる。

 

とりあえず、おわり。