この夏、シフト表作りに多大な労力を費やし、
勤務時間帯を表す「矢印」を見るのもイヤになったところで、
思春期の息子と一週間モンゴルに行ってきた。
モンゴルに行ってわかったことは、
廃車寸前の車でも、一日6時間、道路じゃないデコボコ道を走れるということ。
それは、とても内臓が揺れる出来事であるということ。
車のギアが1に入らなくなっても、
一度停車したら、次にエンジンがかからなくなっても、
その場で直して、走れるということ。
雨が降らないと水がない、水がないと木が生えない、
木が生えないと水が蓄えられないということ。
水がふんだんにあるということは、
めちゃめちゃ贅沢で、気持ちがいいということ。
モンゴル人は、自然を愛しているということ。
目の前の出来事に過不足なく向かうということ。
だからであろうか、赤ちゃんにイナイイナイバァをしないらしい。
9か月の赤ちゃんにそれをすると、
「はい?」という表情をされ、とても不思議そうに見つめられた。
イナイイナイバァは、「いない」という出来事をもてあそぶもの。
そこには、葛藤がある。
それが、必要ないらしい。
これは、教育的に非常に興味深いことだった。
なんとなく、乳児や幼児に対する、意図的なかかわりがなく、
「子ども」は17世紀に発見されたといわれるように、
「子ども」というのは、大人のまなざしによって生まれるものであり、
モンゴルでは、「子ども」はおらず、
彼らは「小さな大人」なのかもしれなかった。
それから、相撲をとるモンゴル人は怖くて、
馬にのるモンゴル人は、とてもイケていた。
ちなみに、馬は私を完全に想定外に置いていた。
ちくしょー。
ここでも、馬に乗って3時間、内臓が揺れた。
私にとって、モンゴルの旅と言えば、揺れる旅ということだった。
だけど、一人で乗れたときは、無上の喜びがあったね。
ミーハーになって、イケメン兄ちゃんと腕を組んで写真を取ったら、
思春期の息子が烈火のごとく怒った。
しかし、学習能力のない私は、ミーハー的発言を繰り返し、
何度も怒らせたのであった。
羊の解体は、魚をさばくことと同じであった。
血を流さない、美しい捌き方に見とれた。
男たちの暗黙の力関係による暗黙の役割分担がかっこよかった。
そして、肉は最高においしかった。
別のツアーの若い女の子は泣いたらしいが、
我々のグループは、最初から最後まで非常に興味津々であった。
一番驚いたことは、羊が死ぬ瞬間まで、まったく抵抗しなかったことだった。
すくすくのイノシシは、そこらへん、すごかったけど。
その他、モンゴルの家族にいる女性には、何か共通の控え目さがあって、
こちらに対する好奇心や興味という心の広がりが感じられなかった。
だから、男尊女卑の国なのかなとか、
子どもが当たり前に働いているなとか、
(自然で生きる=筋肉がいる=男が強くなる、
という図式であろうか・・・。)
こんなに草原でゲル立てるみたいに町のビルを適当に立てていいのかしらとか、
青空トイレが普通な国で、下水処理が徹底されるのは時間がかかるだろうな、とか、
いろんなことを感じてきた。
しかし、一番大きかったことは、
広い広い緑の大地に立ち、
その緑に囲まれ、
自分は、自然のごく一部なのだということを、
感じられたことだった。
夜は、360度の星の宝石に包まれ、
真剣に、愛を込めて、願い事をした。
しかし大変だったね~。
モンゴル。
最後は、ホテルが予約できてなかったもんね。
水がないからシャワーも我慢していて、
砂埃満載の車旅を続けていて、
もう、このホテルでぜったいシャワー!と思っていた我々にとって、
部屋がないと聞いたときにはさすがに掃気だった。
そして、我々のグループの名前は「宿なし」になった。
ガイドのガの字の感覚もなかったガイドの我らがウッチーも、
さすがに真っ青になった。
しかし、我々は笑いを忘れなかった。
大変だったことが微笑ましい感情と共に、蘇る。
それが、旅の醍醐味なのであろう。
日本に帰ってから、幾日かリハビリが必要であったが、
何か、魂が強くなれた気がするような気がする。
実際は、文化差にあてられて、後半すごく弱っちくなっちゃって、
それでわかった微かな幸せもあった。
というわけで、モンゴルの夏でした。